2018年10月2日火曜日

真夜中のブロッサム・ディアリー


夜中に一人でしんとした部屋にいると、ブロッサム・ディアリーが歌う「Killing Me Softly With His Song」を聴きたくなる。

昨夜もなかなか寝付けず、3時頃にあきらめて起き上がり、YouTubeで彼女の名前を検索した。
曲を再生し、お茶を淹れてソファーに座る。薄暗い部屋に彼女の歌声が流れる。ホッとする。

夜中にこの曲を聴くことは、高校生の頃から、自分にとってちょっとした儀式のようになっている。

16歳の頃、通っていたクラブイベントで配られたミックス・テープにこの曲が入っていて、それを手に入れた日も、帰宅してすぐの夜中に一人で聴いていた。たくさんの曲が収録されているなか、彼女の歌声がカセットプレイヤーから流れてきたとき、ふっと空気が変わったような感覚があって、それがすごく心地良かった。
以来この曲は、精神的にリセットしたいときや、一人でいることを大事にしたいようなときには欠かせない存在になった。

昨夜もそんなふうに彼女の歌を聴いていたのだけど、「Killing Me〜」が終わると、YouTubeの自動再生で次の動画が始まり、今度は彼女がバック・バンドを従えて、ピアノを弾きながら歌い始めた。30代ぐらいの頃の映像だろうか。まだ若く溌剌としていて可愛らしい。15分程のライブ映像だったので、私はその演奏をBGMに、山本精一さんの「ギンガ」というエッセイ本を読むことにした。廃業になったスタジオで繰り広げられた、機材の争奪戦エピソードや、キリストに似た相撲取りの話など、何度読んでもおもしろくて、しばらく本に集中してしまった。
お茶を飲もうとしてふと顔を上げたとき、PC画面が目に入り、えっ?と思った。さっきまでは、若く溌剌としたブロッサムが歌っていたはずなのに、いつのまにか画面のなかの彼女は歳をとり、すっかりおばあちゃんになっていた。あたたかそうなカーディガンを着ている。ピアノを弾きながら歌う姿は先程とまったく同じ構図なのだけど。

本に集中していたことと、ブロッサムの歌声がずっと変わらないものだから、私は動画の切り替わりにまったく気がつかなかった。

「ギンガ」はそのとき、税務署の職員を怒鳴りつけたときの話に差し掛かっていた。
いきなり年老いたブロッサム・ディアリーと、税務署で暴れる山本精一。
私はこの2人にすっかり癒されて、平和な気持ちで眠ることができた。




S.T.S